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房総の鉄道は不思議で、夏季になると海水浴客が急増するために総武線の電車まで含めて夏季臨時ダイヤが設定されていました。そして車両が足りないので全国から気動車をかき集めて、遜色急行と呼ばれる優等列車なのに普通列車で使われるキハ35やキハ20等を組み込んだ編成が当たり前。 行商人専用車両に新聞輸送専用車
私は本八幡でブロニカで、下総中山でNikonD60で撮影しました。ブロニカは最後のショットとなりました。(レンズはNikkor75mmです。) 以下鉄ピク風ですがブログからの転載です。「津田沼から両国へ回送される113系8両編成は、両国から折返し荷2331Mとなって千葉まで走ります。千葉で後部4
紅葉と「いのちのあかし」
近鉄「いのちのあかし」ラッピング車両このシンプルなデザイン、今更ながらいいですね
紅葉と「いのちのあかし」 近鉄「いのちのあかし」ラッピング車両このシンプルなデザイン、今更ながらいいですね
私も撮りに行きましたが、両国駅13時過ぎの発車で千葉駅で4連ずつに切り離して客扱いをもしていました。
シティートライアル
見事クリアー。
シティートライアル 見事クリアー。
両輪が浮いている状態を止めてみました。
シティートライアル 両輪が浮いている状態を止めてみました。
両国からの新聞輸送は2010年まで続きました。最後は113系8連で、これは都内へ乗り入れる最後の113系であったそうです。(ブログ記事より。)
もともとは私鉄の総武鉄道の始発駅で、後に国鉄化されて浅草橋以西と電車線がつながりました。その関係で上野駅と同様に房総方面と都心を結ぶターミナル駅となりましたが、総武快速線の開通や房総各線の電化により東京駅から房総特急が発着するようになり使命を終わった経緯があります。 「行商のおばさん」のことをかつ
これは貴重な記録的作品ですね😺 両国駅のターミナルは何のために使うのだろうと不思議に思っておりました。 ここからかつて銚子や勝浦、館山と結んでいたのですね。 今でも東京から特急で1時間半かかりますので、SLでどれ位だったでしょうか、、、 「行商のおばさん」が新鮮な野菜や果物、海産物をせっせと運んでく
懐かしの昭和の鉄道風景④
今回は房総方面(千葉県)へのターミナル駅として活躍していた、昭和43(1968)~44年の両国駅の模様です。昭和44年までは、朝夕各1往復ずつ銚子と勝浦と館山を結ぶSLが牽く普通列車が走り、また急行列車の始発駅となっていました。 1枚目は朝、総武線の新小岩付近を両国に向けてひた走るSL旅客
懐かしの昭和の鉄道風景④ 今回は房総方面(千葉県)へのターミナル駅として活躍していた、昭和43(1968)~44年の両国駅の模様です。昭和44年までは、朝夕各1往復ずつ銚子と勝浦と館山を結ぶSLが牽く普通列車が走り、また急行列車の始発駅となっていました。 1枚目は朝、総武線の新小岩付近を両国に向けてひた走るSL旅客