肖像権ってどこからアウトなんでしょう、例えば街スナップで人が小さく写った場合はどうなんでしょう。顔がわかるとダメなのでしょうか?はっきりした定義ってあるのでしょうか。
3件のコメント
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肖像権ってどこからアウトなんでしょう、例えば街スナップで人が小さく写った場合はどうなんでしょう。顔がわかるとダメなのでしょうか?はっきりした定義ってあるのでしょうか。
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投稿を表示※以下、私個人の考えです。長文失礼します
私は
「写っている人が、あとでこの写真を見たらどう感じるか」
を想像することを、とても大切にしています。
もしそれができているなら、
たとえガイドライン上は「OK」とされる場合でも、
カメラを構えながらあえて撮らないという選択があってもよいと思っています。
理由
まず、コーディーさんの貴重な資料の上に、さらにmakunさんのご意見に賛同します。
そのうえで、少しだけ私の考えを補足させてください。
個人が特定できる場合で、写っている人数が1人〜数人であれば、
私はなるべく
「写真に写ってしまいましたが、問題ありませんか?」
と声をかけるようにしています。
(先日、日本橋でメイドさんにお断りされ、その場で削除しました😂
ごめんね〜、という気持ちです)
これは、やはり一番確実で、後味の残らない方法だと思っています。
ただし、今回キャプテンJYAPONさんが悩まれているのは「雑踏」です。
正直、雑踏の撮影はとても難しいテーマだと思います。
作家として見ると、雑踏は「公共の風景」であり、 雑踏を撮ることは、人を撮るというより
「社会」や「時代の空気」を撮っている
--------そういう意識でシャッターを切っている方も多いと思います。
(※かく言う私は、まだまだですが…笑)
一方で、写真を見る側からすると、 「誰のための写真なのかが分かりにくい」
ここに、雑踏スナップ特有の難しさがあると感じます。
ガイドライン的に見ると
一般的な肖像権ガイドラインに照らすと、雑踏スナップは
と評価されることが多く、 合計では プラス〜小さなマイナス に収まり、
「公開に適する」または「軽い配慮で問題ない」
と判断されるケースが多いと思います。
でも、ガイドラインは「免罪符」ではない
それでも私は、
ガイドラインに沿っているからといって、それを振り回してよいわけではない
と思っています。
ガイドラインの随所に出てくる大切な考え方は、 「これは法的な免罪符ではない」という点です。
これはハラスメントの問題とも似ていて、 「どこまでなら許されるか」という線引きではなく、
「相手がどう感じるか」 という視点こそが本質だと思います。
私自身がよく自問していること
この問いを、常に意識しているかどうか。
それ自体が、写真家・表現者としての倫理ではないでしょうか。
キャプテンJYAPONさんが、
このような悩みを持ち、問いを投げかけてくださったこと自体が、 写真家としての矜持であり、
同じ表現者として、とても尊敬します。
とても大切で、素晴らしい問いだと思います。
笑い話
私、花を擬人化して撮るのが好きなのです。「写真撮ります」って言わなくてもいいので(たまに刺されますが)
臆病なんですね、きっと。
構図は臆病に、でもシャッターは大胆に。
スナップも少し臆病くらいがちょうどいいのかも 笑
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投稿を表示「デジタルアーカイブ機関」としてですが、以下のようなガイドラインがあります。参考まで。
https://digitalarchivejapan.org/wp-content/uploads/2021/04/Shozokenguideline-20210419.pdf
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投稿を表示キャプテンJYAPONさん、ほんとうに悩ましい問題ですよね。しかし残念ながら、写された方の感じ方次第というのが実情だと思います。
過去にPHOTO HUBでも同様のやり取りがありましたので、少々長いですがご参考までに下記ご紹介します。
https://photohub.nij.nikon.com/chats/hrzqyjsqj7k0lggc?tree=s7sp75sstwldy8zp&tree_type=ChatCommentReply