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老人パワー(資力)を必要とするところですが、国にはそのような仕組みがないですね。
手許の昭和44年10月の時刻表で調べると、2251Dが御茶ノ水始発20:07、秋葉原20:09、両国20:14、船橋20:44、千葉終着が21:01。2359Dが御茶ノ水始発20:36、秋葉原20:39、両国20:43、船橋21:14、千葉終着が21:30でした。グリーン車もあり、ライナー券は時刻表
地震や台風で大きな災害が続くうえに地政学的なリスクも大きくなる一方で、復旧するパワーがますます重要になりそうですが。課題山積ですね。
その昔、アクアラインで通勤する猛者がいました。 通行止めのときは総武快速とか。 今回JRはリモートを呼びかけていますが、リモート不可の職場なので、どうするのかな?
千葉の方々の通勤ってどうなっているか わからなかったのですが。 かなり大変そうですね。
伝説のホームライナー?(2359D?)ですね。これは超貴重な画と思います。 昭和46年夏に新宿駅のホームで折返しの作業をしているところに出会いました。 居候で夕ご飯に間に合わず階段上から眺めただけです。 新宿・お茶の水間は回送だったんですね。 途中停車は、秋葉原、両国、船橋と伝わりますが、合っていま
昔はこんな総武線の「珍快速」もありました
1枚目は総武線の御茶ノ水駅の下り線ホームで、新宿駅まで乗り入れていた房総方面からの急行の戻り運用で、「快速千葉行き」を気動車で運行。2枚目は総武線の秋葉原駅の下り線ホームで、まだ総武快速線複々線化の前に運行されていた「快速 中野~木更津」。急行も走っていたので、同じように複線ながら市川駅とか船橋駅で
昔はこんな総武線の「珍快速」もありました 1枚目は総武線の御茶ノ水駅の下り線ホームで、新宿駅まで乗り入れていた房総方面からの急行の戻り運用で、「快速千葉行き」を気動車で運行。2枚目は総武線の秋葉原駅の下り線ホームで、まだ総武快速線複々線化の前に運行されていた「快速 中野~木更津」。急行も走っていたので、同じように複線ながら市川駅とか船橋駅で
災害復旧は国土交通省、バス代替輸送は東京都が担っているとのこと。崩壊した変電所の再建には東電と経産省の協力が必須です。千葉は無力です。
当初JR東日本が調達しようとしたバスが160台とのこと。しかし運転手不足で集まったのは83台とのこと。これもなかなか集まらず9月28日開始のバス代替輸送を繰り下げて10月5日からになったとのこと。深刻ですね。 6000年前の海岸段丘が崩壊し、しかも広範囲で軟弱化しているというのは、日本の鉄道建設の歴
これは貴重な記録写真になりますね。 JRの皆さんはさぞ大変だろうと思いますが、一日も早く復旧させてほしいです。