ブログからの画像転載です。
昭和50年7月の撮影です。
北海道の石北本線上川駅で、キハ82特急おおとり号の停車と発車です。
網走駅発は午前9時、網走から函館までの所用時間は12時間、青函連絡船が4時間、接続する583系寝台電車特急ゆうづる4号の上野着は翌日の9時です。網走からは丁度24時間です。
鉄道車両の青函間航送は、昭和29年の洞爺丸事故で航送中の一等寝台車(マイネフ38 5)が洞爺丸とともに函館湾に沈没(※)したため、一等寝台客車の青函間の航送が廃止されました。
(※)当初は第十一青函丸に積載されていましたが、台風接近に伴う運行変更により、米軍関係者らとともに洞爺丸へ積み替えられた直後に遭難し沈没しました。
このため乗客は全員が青函連絡船で乗り換えます。
原版:Nikomat FTn+NikkorH Auto50mm f/2.0+KR
複写:Z7+FTZ+MC60mm+ES2
(1)キハ82特急おおとり号の上川駅到着
先頭のキハ82-37は新製時から5台冷房機搭載の初期車希少車両です。
(2)キハ82特急おおとり号上川駅出発
上野到着は明日午前9時です。
旅客と異なり、郵便荷物車は網走と東京隅田川間を積み替えなしで走りました。
北海道と東北と青函連絡船とを走る荷物列車は、その名のとおり「北東航2」急行荷物列車とよばれました。
なお、網走・女満別空港と札幌・丘珠空港とが通年運航されたのが昭和47年、網走・女満別空港と東京・羽田空港間の直行便の就航は昭和55年です。
昭和55年の東京・羽田空港発の網走・女満別空港行きは、YS11の超長距離便で有名になりました。
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投稿を表示あぁ、懐かしい。
高校生の時に北海道周遊券で
ほぼ一周しましたが
おおとりは北斗とオホーツクに
分割されていました。
各都市の移動が4時間単位だったのを
覚えています。
初めて函館札幌釧路間を移動した時
山線はめちゃくちゃキレイで
石勝線の味気ないこと。
確かにズドンと真っ直ぐ進むのは
良い事ですが、旭川、滝川を
面倒でも経由した方が
旅情を味わえたかもしれませんね。
このあと深名線にも乗ったのですが
雪が深くて逆に怖かったです。
札幌釧路間をまりもでも移動しましたが
大雪でダイヤが乱れた後で
やっと釧路の宿に帰れると安堵
したのを覚えています。
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投稿を表示国鉄のクリーム色はホッとしますね。
ときどき思うのですが、鉄道の歴史は事故の歴史ですね。飛行機もそうですね。それでも日本の公共交通機関はすごいと思います。
台湾にも700系ベースの車輌が走るようですし、鉄道ニッポンの未来に期待します。(^^)
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投稿を表示学生時代は北海道フリー切符で回っていたので急行がせいぜいで、特急には乗車する縁が無かったです。今では全て札幌起点になってしまいましたね。