ブログからの転載です。文才がないのでそのまま転記します。
奥に聳える岩手山。
その手前に緑の丘陵が見えます。鞍掛山(くらかけやま)です。
鞍掛山は宮沢賢治の詩集「春と修羅」に収められている「くらかけの雪」で登場します。
鞍掛山は長篇詩「小岩井農場」でもたびたび登場します。
大正十一年の春、橋場軽便線(現秋田新幹線・田沢湖線)小岩井駅開業直後に小岩井駅に降り立った宮沢賢治は、この緑の鞍掛山の麓を通って東北本線の滝沢駅へと向かう予定でした。しかし途中で小岩井駅に引き返すというのが、この長篇詩「小岩井農場」のストーリーです。
宮沢賢治は鞍掛山を「原・岩手山(Ur-Iwate)」と表現しました。なぜなら手前の緑の鞍掛山ができたのは百万年まえ、奥に聳える岩手山ができたのは、僅か五千年前です。
宮沢賢治は地質学にも精通していました。
手前の鞍掛山を含む網張火山群は約百万年前の更新世前・中期に活動しました。
その後の更新世中・後期に旧岩手火山の活動が開始されました。
後方に聳える東岩手カルデラを含む岩手山が形成されたのは、僅か5千年前であり現在に至るとされます。
なお、気象庁は8月27日に岩手山の噴火警戒レベルを1に引き下げました。
岩手山に関連する最大イベントは「1998年(平成10年)岩手県内陸北部地震」であり、この地震以降は岩手山の山体膨張が止まり、現在に至ります。
(1)奥に聳える岩手山。手前の緑の丘陵が鞍掛山。送電鉄塔を除けば百年前に宮沢賢治が眺めた風景と変わりがありません。
(2)撮影地は私有地で一般に立ち入ることはできません。