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サークル:組写真

小林先生の写真ノート <Vol.12>

前回、暗室やそこでのプリント制作のことに触れたが、その際にプリントした作品を含めた個展がいよいよ始まった。タイトルは「Asia Collection 1991-2024」という。その名の通り、1991年から昨年2024年の10月に台湾で撮ったものまでの展示で、33年間に撮影したものになる。年齢でいえば23歳から56歳までのあいだ。

今回、自分では作品をまったくセレクトしなかった。これは記憶に間違いなければ、私にとっては初めてのことだ。ギャラリーのキュレーターの女性にすべてお任せした。
理由はいくつかある。ひとつのテーマやコンセプトに沿った展示でなく、過去に撮った膨大な作品からのセレクションという点が大きい。
もう一点は、コマーシャルギャラリーでの展示だからだ。コマーシャルギャラリーという言葉は、あまり一般的ではなく聞き慣れないかもしれないが、ひとことで言うと「作品の販売を目的としたギャラリー」ということになる。作品が売れないことには経営が成り立たない。ビジネスの世界ともいえるだろう。
その点が、例えばニコンサロンなどメーカーのギャラリーとは大きく趣が違う。

私が自分で一切セレクトしなかったのは、なによりこの点が大きい。自分が選んだものは売れないのではないだろうか、そんな心配があった。実際に、私の作品はお世辞にも売れる方ではない。
私より普段からキュレーションをしているキュレーターの方が、そのあたりの傾向を把握しているはずである。このことは間違いない。作家は自分の作品に対して思い入れもある。それがセレクトの段階で、よい方向に働くこともあるが、今回は逆に働きそうな気がした。

キュレーターの女性には数回、私の事務所に来ていただいた。膨大な作品をすべて見ていただいた。そのなかから少しずつセレクトを進めた。その際、私はいつ、どこで撮ったものであるかといった情報を伝える程度だった。

最終的に選ばれた作品のなかには、正直「え、なんでこれ?」と思ったものも何点も含まれていた。自分では絶対に選ばないものたち。自分で撮った作品でありながら、選ばないという・・・この矛盾を自分で滑稽に感じた。

一枚だけ、私自身が写ったセルフポートレートがある。これもまたキュレーターの女性が選んだ。23歳の私。100日ほどの旅を終えて帰国する直前に、ネパールのカトマンズで撮影した。ハードな旅だったので、体重は50キロを切っていた気がする。ふと、自分ではない誰かがそこに佇んでいるような気がした。
 

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