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Hachiro
2026/08/12 05:16

五斗長垣内遺跡

2世紀神功皇后の時代に、朝鮮半島から得た鉄を矢じりなどに加工した武器製造工場跡と言われ、邪馬台国畿内説を勢いづかせることとなりました。ここが俄か考古学者を始めるきっかけになりました。播磨灘を見下ろす地形で、天然の吹き上げの風を利用していたのかと、夢が膨らみます。

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2 件の返信 (新着順)
Finder
2026/08/12 20:20

そんな昔にこんな鉄の技術が伝来していたんですね~。農工具も良いものが出来て生産性の向上、生活が豊かになていったのでしょうね。貴重な遺跡の姿をありがとうございます。勉強になりました。^^

キャプテンJAPON
2026/08/12 08:37

この製法は明治大正まではよく見られた茅葺屋根の住宅に繋がっているのですね。
保存されている旧宅を見学したときに煙が虫よけに天井を燻すようになっている構造を見たことがあります。


Hachiro
2026/08/12 09:14

秦一族の前身弓月氏が2世紀に朝鮮半島から日本へ亡命し、帰化しているようですが127県1~2万人もの人が渡ってきたようで、受け入れた応神天皇も凄い方だと思います。住まい、食料をどうしたのか今解明中ですが、日本の産業である養蚕、織物、漆、土木、石積み、焼き物、製塩、醸造などの技術と天文、暦とあらゆるものを同時に持ち込み、今日の礎を作ったのですから、激動の時代ですよね。その時に屋根葺きも持ち込まれたものと素人考古学者が頭をひねっています。ここも棚田があったようで埋め戻していますが、多分鉄の選考場として利用し用済み後棚田にしたようです。