
小林先生の写真ノート <Vol.13>
ニコンサロンへの道
この4月末から10日間ほど、新宿のニコンサロンで写真展をやらせていただくことになった。タイトルを『Super Modernity -Shanghai, Chongqing, Bangkok, Ho Chi Minh-』という。
「Cyber Modernity」という言葉は聞き慣れない言葉だが、あるフランス人人類学者の著書からヒントを得てタイトルにした。ちなみに、私は「超現代電子空間」と意訳してみた。
そもそもの制作のきっかけはコロナ禍直前、2019年の夏に中国の上海と重慶に撮影に行ったのが始まりだ。街の高層建築などの装飾にフルカラーLEDが多用された光景を目の当たりにして、かなりショックを受けた。
私が最初に上海を訪れたのは、2019年よりずっと前の1994年のこと。その頃、上海にはコンビニが一軒もなかった。ハンバーガーショップも「M」ではなく「N」がトレードマークの謎の店(おそらくマクドナルドを模した地元の商店)が一軒あったくらいだ。それが25年ほどを経てまるで違う都市空間になり変わっていた。あたかも近未来に降り立ったような錯覚すら覚えた。重慶ではさらに驚いた。ニューヨークのマンハッタンのように高層ビル群がきらびやかだったからだ。それらの多くはフルカラーLEDによるものだった。なかにはビル全体に鯉が泳いでいる姿がアニメーション的に映し出されるものもあった。映画『ブレードランナー』の冒頭のシーンさながらだった。
ここから何か新しい作品が作れそうだと直感した。20代の頃からずっとアジアにこだわって撮影を続けてきたが、これまでとは違うアジアの姿が撮れると感じたのだ。帰国後、さまざまな資料などに目を通すなかである言葉に出会った。建築家・磯崎 新氏の発言だった。
「いま、中国でコンペをやると、都市の完成状態を夜景で描くように言われます。昼間は街の汚さが目立ちます、夜にライトアップすると幻想的な街に見える。(略)LEDでどれだけ街を装飾できるか(略)」(写真専門誌『IMA』vol.29,2019 amana)
私が中国で見た光景はまさにこのことだ。直感は確信に変わった。
ただ、その直後、コロナ禍に突入して海外へ行くことが難しくなった。3年間をもやもやした気持ちで過ごした。そして渡航が容易になった2023年の夏、秋とタイ、ベトナムへ続けて撮影に行った。
PHOTO HUBの組写真サークルでも時々お伝えすることだが、作品を作る際に重要なことは最終的に「新たな価値観の提示」になっているか、だと考える。別の言い方をすれば、ささやかでも「宣言」になっているか。「私には世界がこんなふうに見えました」とか「こんなふうに感じられました」と見る側に無言で伝え、告げることだ。
さらに見る側に「それについて、あなたはどう思いますか?」「そんなふうに感じませんか?」と問いかけることでもある。
一種のコミュニケーションがここには存在する。きっと写真という分野に限らず、創作に共通していることのはずだ。小説家もおそらく似たようなことを考えている。ずっと以前、ある著名な小説家が新人賞の審査をするにあたっての挨拶文に「あなただけの哲学をみせてほしい。そんな作品を待っています」と書いていた。底通していることに気がついた。
ニコンサロンの審査は厳しいことで昔からよく知られている。写真学生の頃、ゼミの先生が発した言葉をいまでもよくおぼえている。
「学生のあいだにニコンサロンで個展ができたら卒業制作を作らなくてもいい」
そんな学生はこれまでにいたのですか?同級生が質問すると「1人もいない」という答えが返ってきた。
ときどき「ニッコールクラブのアドバイザーは審査なしで写真展ができるんでしょ」と誤解されることがあるが、そんなことはまったくない。5名の選考委員の先生方によるガチな審査がある。だから審査結果がでるのをドキドキして待った。
以前は郵送でその通知が来たが、今回はメールだった。メールを開ける瞬間はまるで受験生が合格発表を見るような心持ちだった。この歳になってそんなドキドキを味わえるのは貴重だ。
