先日、山口県周南市へ行ってきた。周南市が主催している林忠彦賞の授賞式へ出席するためだ。とはいえ受賞者ではなく、5名いる選考委員の一人として参加させていただいた。
34回を迎える林忠彦賞は周南市出身の写真家・林忠彦の功績を顕彰して1991年に創設された。その審査員を数年前からやらせていただいている。
以前、授賞式は東京・銀座のホテルで行われていたが、主催地で行われることになった。東京開催が多いなかで、とてもいいことだと思う。ただ、やはり結構遠い。

今年の受賞者は佐々木康さん。ウクライナの戦禍をあつかった『XEPCOH ヘルソン-ミサイルの降る夜に』という写真集が受賞作となった。授賞式での佐々木さんはとても嬉しそうだった。審査委員長の大石芳野先生が挨拶のなかで述べたり、ほかの先生方の選評にも書かれていたりすることだが、今回は選考委員の満場一致で選出された。珍しいことだ。それほど作品に力があったといえるだろう。
こんな機会でもなければ、毎年のように周南市を訪れる機会はそうない。最初に訪れたのは10年以上前の2013年。実はその年、私はこの賞をいただいた。そのときは前述した通り授賞式は東京で行われたのだが、写真展が周南市で行われたので、数日滞在した。

授賞式のあと、佐々木さんの知人の方が主催する関係者だけのささやかな祝賀会が近くのホテルで行われることになった。その幹事が偶然にもずっと以前にお世話になった出版社の編集者のKさんだった。不思議な縁を感じて出席することにした。最初にお会いしたのは私が25歳か26歳の頃。30年以上も前のことだ。Kさんはすでに定年退職されているが、いまも仕事で海外などにも頻繁に行っている。そんなこともあり、審査員では私だけが参加した。10数年ぶりの再会だった。
その会が始まるまでしばらく時間があったので一人、海の近くを歩いた。山国育ちの私にとって海はいつでも新鮮だし非日常だ。それが瀬戸内となると、さらに別の感覚をいだく。見慣れた人には当たり前なのだろうけど、波があまりない海を眺めていると巨大な湖のように感じられる。この日も本当に穏やかだった。こんなところで自分が生まれ育ったら、いまとは別の性格とか、人格が形成されていたのだろうか・・・そんな想像が働く。
![]() |
![]() |
海が山と大きく違うのは、グラデーションのなかにあること。ふとそんなことに気がつく。今頃、気がつくのは遅すぎるだろう。
![]()
|
![]() |
ニューヨークに私が一年ほど滞在していた頃、Kさんからメールをもらった。そのとき、私は同時多発テロ事件(9.11)に遭遇して不安な日々を過ごしていた。Kさんから届いた文面はいまでもよく覚えている。
「そちらの状況をいますぐ教えてください」
同じ頃、日本から多くの友人や知人からもメールが届いたが、どれもが「大丈夫ですか?」「日本に帰ってきた方がいいのでは?」といった心配する内容ばかりだったのだが、大きく違った。
祝賀会が始まってから、Kさんそのことを話すと「そんなこと書いたかなあ?なんで覚えているの?」と驚かれた。メールが届いて、数ヶ月後、Kさんは突然、ニューヨークにやって来た。編集者魂だろう。テロ事件の現場を肌で感じたかったらしい。
今回、Kさんは私のためにわざわざ写真を持って来てくれた。ニューヨークで私が写ったスナップ写真の紙焼きだった。まだフィルムの時代で、撮影直後に同時プリントしたものだという。貴重だ。四半世紀前の自分の姿に驚いた。



