
小林先生の写真ノート <Vol.14>
旅先で考えたこと
いま、この文章を台湾の台南で書いている。数日前から10日ほどの予定で来ている。昨年、3回台湾を訪れたが、それに続いての渡航だ。前回は台北を中心に撮影したのだが、今回、初めて南に向かった。
成田からの直行便で高雄に降り立ち、さらに車で1時間ほどの台南まで移動した。成田を発つタイミングで、数日前から関東地方に雪が降るという予報がでていてかなりヒヤヒヤした。おそらく小雪でも飛行機は飛ぶだろうと思ったが、成田空港へ向かう交通機関がストップしたり、何かしらのトラブルがあったら嫌だなという思いがあった。
2年前の夏に台湾に行った際は台風とぶつかり、飛行機があっさり欠航となった。そもそも3泊4日の短い旅が、2泊3日となってしまった。
そんなこともあり、出発の前夜、成田空港近くのビジネスホテルへ前乗りすることにした。天気予報はあいかわらず東京に雪が降りそうだと告げていた。ただ、成田周辺は降っても雨の予報だったので安心した。
結局、天気予報は微妙にはずれ、その日、東京に雪は降らなかった。だから予定通りに出発しても、問題はなかったのだが・・・結果として取り越し苦労だったことになる。ただ、無駄だとは思っていない。すでに撮影は始まっていると考えるからだ。
若い頃、先輩フォトグラファーに教えてもらった言葉がある。
「カメラとフィルムを盗まれないのも腕のうち」
30年以上前、タイのバンコクで聞いた。
実感する場面は多い。
いまでもときどき呟いてみる。
自慢ではないが(少し自慢ですが、笑)、ロケ先でレンズキャップをなくしたことが30年以上、一度もない。撮影の際、外したキャップはズボンの右ポケットに必ず入れる。どんなに急いでいるときも例外はつくらない。
あるいは、旅先で宿を出る時や戻るとき、カメラはぶら下げたまま歩かない。必ず、カメラバッグにしまう。不用意にカメラを見られないようにする。かつては安宿ばかりに泊まっていたから盗難のリスクが高かった。その癖がいまも抜けない。
カメラが盗まれそうな気配を感じるとき、あるいはそんな場所へ行く必要があるとき、カメラバッグをそもそも持っていかない。コンビニのビニール袋に一台だけカメラを入れていく。世界で一番安全なカメラバッグはコンビニのビニール袋だと私は信じている。誰もそのなかに高価なものが入っているとは思わないからだ。ひったくりに会う確率が減る。あるいは、よれよれのトートバッグを使うこともある。
スーツケースも地味で平凡なものを長く使い続ける。アルミ製のかっこいいスーツケースを使いたくなるのだが、ぐっと堪える。以前、そのスーツケースを使っていたこともあるが、目立つし、高価そうなものが入っているように見えるらしく、抜き打ちの税関検査に引っかかる確率が高かった(あくまで主観です)。「こっちに来い、開けて」と言われる場面が多かったと感じている。その経験から、できるだけ無個性な方がスムーズだと考えるようになった。
昨日の夜遅く、台南から高雄へ日帰りで撮影に行き、夜遅くに台南へ戻った。駅前のタクシー乗り場で人の列に並んだ。10分以上待って、やっとタクシーに乗った瞬間、運転手が怒鳴り始めた。これまで会った台湾の人はみな穏やかだったので、ちょっと驚いた。いや乗る前から、その男は前に並んでいた別のタクシーの運転手に向かって怒鳴っていた。それを遠くから目撃していたので、あの男の車が自分の番にならなければいいけど、という杞憂が当たってしまった。だいたい、そういうものである。
もちろん、言葉はわからない。英語は一切理解しないようだ。やたらと三脚を指差して、大声で叫んでいる。ケースに入れてあるから中身がなにかは正確には男にはわからないだろう。
「それをトランクに入れろ!」と言っているらしいことが理解できた。言われた通りに三脚をもって車外へ出た。
運転手がトランクをあけた。
三脚を入れようとしたら、トランクの底が水浸しだった。どうしてだろうか、不思議だったが三脚を置くと、運転手がまた怒鳴りだした。今度はトランクに向かって。
おそらく「なんでここが濡れてんだ!」のはずだ。
「やば」
瞬間的に思った。
私は三脚を取り上げ、さらに後部座席に置いたカメラバッグも素早くピックアップして即座にその場を離れた。
あのまま乗っていたら、無事にホテルまで戻れただろうか。別の理由で怒鳴られ続けられたかもしれない。
翌朝、冷静になって考えてみた。
あの男は、ケースに入った三脚を銃かなにかと勘違いしたのかもしれない。強盗でも働くと警戒したのかもしれない。そう思えてきた。だからあれほどの剣幕だったのだろうか。
でも、これまで、ほかの国も含め一度もそんな経験はない。銃でなくとも、凶器と考え、突然、私が後ろからそれで殴りかかるとでも思ったのだろうか・・・。時間帯も深く関係しているかもしれない。ただ、そう考えると、男のことを少し許せるような気がしてきた。
「カメラとフィルムを盗まれないのも腕のうち」
この場面は盗まれることとは大きく違うが、写真を撮ること以外、それ以前にフィールドでどう立ち回るか。行動するか。それが語られることは実は少ないが、そっちの方が、時により、シャッターを押す瞬間より重要だったりする。一枚の写真を得るためには、それらの過程を確実に踏まなくてはいけない。やはり「腕のうち」のはずだ。(小林紀晴)
