会報誌・読みもの

小林先生の写真ノート <Vol.27>

​渦中にあるとき、人は大切なことに気がつかない。

普段、撮影のほかに書籍などの執筆を継続的にしている。以前も記したことがある気がするが、実は撮影している時間より、そちらの時間の方が長い。20代から続けていることだ。

最近、集中して一冊の本を書いている。ただ、いつ完成するのかはわからない。おそらく年内は無理だと思う。早くて来年だろうか。仮タイトルは『自主ギャラリーの時代』

内容は仮の通り、自主ギャラリーに関するものだ。自主ギャラリーといわれてもピンと来ない方も多いだろう。広義な意味で写真家、フォトグラファー、あるいは写真関係者が運営する小規模なギャラリーをさす。

かつてはリトルギャラリー、インデペンデントギャラリーという呼び方もされた時代もあったが、最近では自主ギャラリーという呼称が定着している。スイートルームと表現した写真家もいた。私は取材をコロナ禍に始めた。

写真史、視覚文化論を専門とする富山由紀子氏は自主ギャラリーを以下のように解説している。

写真家が個人または複数で自主運営するギャラリー。とくに1970年代、東京を中心として、復帰後の沖縄を含む国内各地に、若手写真家たちが自主運営するギャラリーが誕生した。それらはリトル・ギャラリーとも呼ばれ、綜合写真専門学校の学生が中心になって始めた「プリズム」(1976-77、新宿)や、「ワークショップ写真学校」の森山大道教室の卒業生を中心に始まった「CAMP」(1976-84、新宿)、同じく「ワークショップ写真学校」の東松照明教室の出身者たちが中心となった「PUT」(1976-79、新宿)などが活動を展開した。(略)写真専門のコマーシャル・ギャラリーが誕生し、写真を収蔵する美術館も登場してきた80年代以降になると、自主ギャラリーの総数は減少していったが、現在もコンスタントに複数のギャラリーが活動を展開している。
(富山由紀子「自主ギャラリー」『アートスケープ』Artwords https://artscape.jp/artword/6119/

取材を始めた理由はいくつかあるが、私自身がかつて自主ギャラリーを運営していたことが大きい。2003年に東京・四谷三丁目で「Days Photo Gallery」(~2004)を開設した。35歳の頃のことだ。まったくの無知だったゆえ、怖いもの知らずで始めたといえる。物件探し、壁面作りなどにかなりの労力を要したが、実際に運営を始めてから、本当の大変さに気がついた。

ビルの一室をギャラリー(Days Photo Gallery)にしているところ。

当時、私は依頼の撮影を中心としたフォトグラファーで、それが主な収入源だった。そちらで得た収入を注ぎ込むことになった。当然ながら多忙を極めた。そんな事情からたった一年半で辞めてしまった。一言でいえば挫折だ。だから、よけいに自主ギャラリーの存在が気になっていた。

自主ギャラリーという存在は日本独特のもので、実は海外には私が知っている限り存在しない。日本独特の写真文化といっていい。なによりけっして過去のものではなく、世代を超えて継承されている。いまも20代の写真家の卵たちが熱をもって参加している。だから興味をおぼえる。

取材を進めるなかで最大の壁は資料の少なさだった。過去の写真展案内のDM、チラシ、会報誌などが簡単に手に入らない現実にぶち当たった。残っていないのだ。国会図書館を含めた公共・教育機関の図書館にもほとんど所蔵されていない。多くは流通していない(書店で売られていない)から当然といえば当然だ。

それらは「エフェメラ(ephemera)」と呼ばれている。一時的な印刷物のことで、短期間の使用後に破棄される可能性が高いものをさす。長期的に使われたり、保存されることを意図していない。写真展案内のDMなどはまさにそれにあたる。語源はギリシャ語で「一日だけ」をさし、儚いという意味をもつ。それらが時代の空気などを伝える貴重な文化資料として、近年、評価されるようになった。そのため、しばしば収集の対象となる。

それらを私はこつこつと収集した。それに関する書籍、古い雑誌も機会があるごとに手にいれた。マニアックな趣味ともいえる。コレクターといえないこともないだろうし、ただの物好きともいえる。当時3,000円ほどの定価の書籍が古書で2万円で売られているのを知って購入したり、いまは存在しないギャラリーが出していた定期刊行物をまとめ買ったもりした。

集めた資料の一部

​何人もの写真家の方にインタビューも行った。どなたも本当に協力的で感謝している。「一冊にしてほしい」という言葉も何度かかけていただいた。
日本で自主ギャラリーが誕生したのは1970年代だが、当時その活動に参加していた方から始めた。ニッコールクラブ シニア・アドバイザーの大西みつぐ先生にはかなり早い段階でお話を伺うことができた。貴重な資料なども提供していただいた。

実は自主ギャラリーだけを扱った書籍は、ある一冊を除いてほぼ存在しない。研究もあまりされていない。全体像がまったく解明されていないといってもいいし、70年代以降の正確なギャラリーの数も把握されていない。要因のひとつは多くのギャラリーが驚くほど短命だったことが挙げられる。私が運営していた「Days Photo Gallery」などまさにその典型だ。

「Days Photo Gallery」では1週間、あるいは2週間単位で展示を行い、毎回必ずDMを作っていたのだが、それも散り散りとなりほとんど残っていない。

ああ、きちんと残しておけば・・・と今になって強く思うのだが、当時はそんな意識は働かなかった。渦中にあるとき、人は大切なことに意外と気がつかない。振り返ったとき、始めてそれに気がつくのだろう。

ファイリングしたさまざまな資料。雑誌のコピーなどが多い。インタビューは録音し、書き起こした。