メンバーズ・フォト

TOSHI
2026/08/16 19:20

伯備線 布原にD51三重連が走っていた(過去作5枚組)





昭和40年代にSLが全国から消えつつある頃、岡山県の新見市にある伯備線の布原信号所に全国から鉄道ファンが集まっていました。お目当てはD51が三重連で貨物列車は引っ張って、迫力のある画が撮れること。


3枚目は新見機関区でくつろぐSLたちで、4枚目は山陰本線と伯備線にいた悲運のディーゼル機関車DD54。風貌は斬新ですが、ドイツから技術移転をするものの故障続きで短命に終わりました。

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3 件の返信 (新着順)
matths
2026/08/17 18:14

特に1枚目、涙が出ました。写真趣味の亡父が当時中学生の私を連れて行ってくれました。私は、あの鉄橋を渡り、どこが良い場所なのかもわからず、TOSHIさんの足元にも及ばないものを、線路横からただ撮り、録音もしたのを思い出します。父は河原から撮ってました。今思うと、定番の写真ではないものを狙ったのかもしれません。そのへそ曲がりは受け継いでいる気がします。残念ながら、互いのネガは何処へやら、、、、
国鉄も、鉄橋横断のみならず、撮影のためにシリンダドレン抜きを制限していたとも聞きました。大変良い時代でしたね。我々、鉄道ファンも含め、寛大さはどこへ行ってしまったのでしょうか。

大変良い写真を見せて頂きました。ありがとうございます。
 (無理をなさらずに、お身体お大事になさってください。)

makun
2026/08/16 20:53

D51三重連とはすごいですね。
DD54も知りませんでした。マイバッハのエンジンのライセンス生産だったんですね。
マイバッハといえばタイガーI型戦車のエンジンなので、親近感?いっぱいです。(^^)


TOSHI
2026/08/16 22:56

SLの三重連は東北本線の奥中山のD51や花輪線の竜が森の8620もありましたが、布原が遅くまで残っていました。本来は旅客扱いの無い布原信号所で、国鉄の計らいで鉄道ファンの乗降と鉄橋の横断も認めていた良き時代でした。

DD54は故障が多く走行中に推進軸が折れて横転する事故や、不安の為にC57を前部補機にして走らせるといういわくつきのDLで、わずか10年で全機引退して後期型のDD54 33が京都の鉄博に保存されています。

makun
2026/08/16 23:57

信号所で乗り降りできたらいいですね。箱根登山電車でやってくれないでしょうか。(^^)

DD54は短命だったんですね。C57が補機とは、それはそれで豪勢?な話ですが。

denshakamera2
2026/08/16 20:09

懐かしいです。布原の三重連。
新見には最盛時にC58+D51が30両以上配置されていたとか。
扇形庫にずらり揃った機関車もみごとです。


TOSHI
2026/08/16 22:42

SLブームの最頂点に立つ存在でしたね。伯備線のD51の他に、芸備線や姫新線(津山区を含む)のC58も入ってきて大所帯でした。